<CIDPについて>
応用編:CIDP(慢性炎症性脱髄性多発神経炎)について
※ これは、一般的な医療情報です。病気の性質上、症状はひとりひとり違います。治療や症状についての具体的なことは、必ず主治医とご相談ください。無断転載、引用は固くお断りします。
1 歴史的背景――いつ頃からある病気ですか?
CIDPの歴史は、1958年にイギリスのAustinが、いくつかの特徴ある症状から「ギラン・バレー症候群(GBS)」とは異なった疾患として報告したことに始まります。その特徴とは、四肢の筋力低下が数ヶ月にわたって緩徐に出現し、副腎皮質ステロイドが症状の改善に有効で、再発を繰りかえすという点でした。
以後、類似の症例がギラン・バレー症候群との関連で討論され、その慢性型などとして報告されてきましたが、1975年にアメリカのメイヨー・クリニックのP・J・Dyckらが53症例の検討を行い、ギラン・バレー症候群とは異なった疾患単位としてChronic inflammatory Polyradiculo neuropathy (CIP)の名前で統合することを提唱しました。後に彼らは、demyelinating の一語を挿入し、この疾患群を「CIDP」と名づけました。そして、1984年発行の成書の中で、現在広く用いられているCIDPの疾患名が用いられるようになったのです。
2 概念と定義――どんな病気ですか?
CIDPとは、chronic inflammatory Demyelinating Poly(radiculo)neuropathyの頭文字をとった病名で、日本語で「慢性炎症性脱髄性多発(根)神経炎」といいます。chronicは「慢性;病気が長期にわたること」、inflammatoryは、「炎症性;炎症が存在し神経がダメージを受けていること」、demyelinatingは「脱髄性;ミエリンという物質からなる神経の外側を覆う髄鞘が壊れたり脱落すること」、Polyradiculoneuropathy
のpolyは「多数の」、radiculo は「根(元)」、neuropathyは「末梢神経の疾患」を意味し、「多数の神経根や末梢神経が障害を受ける病気」を表わしています。
CIDPは、末梢神経に脱髄を繰りかえす慢性の病気であり、四肢を中心とする脱力や運動障害および感覚障害を主な症状とします。CIDPは、ウイルスや細菌などの外敵から体を守るはずの免疫が、誤って自分自身を攻撃してしまう「自己免疫疾患」の一種と考えられています。遺伝性のものでも伝染性のものでもありません。脳や脊髄、末梢神経や筋肉を診る神経内科領域の病気です。
ある専門家は、CIDPを「末梢神経の長期にわたる進行性または反復・再発性の脱髄を基本病態とし、末梢神経ミエリンをターゲットとする自己免疫疾患である」と定義しています。
3 原因――何が起きているのですか、どうしてなるのですか?
人間の神経系は、二つの主要な部分、すなわち中枢神経系(脳と脊髄)と末梢神経系(その他の神経のすべて)から成っています。私たちが動こうとするとき、脳はその信号を下位の脊髄、次いで末梢神経を通して筋肉へ送ります。他方、私たちが何かを感じるとき、感覚の種類に応じた末梢神経が皮膚から脊髄に、次いで脳へと信号を送ります。
ここで一つ一つの神経の構造は、電気コードにたとえることができるでしょう。電気コードは、内部の銅線とそれを外側から包むゴムの絶縁カバーからできていますが、人間の神経も同じように電気信号を伝える内部の芯とそれを外から覆う絶縁体からなっています。電気信号を伝える役割をする内部の芯は、神経細胞の一部で「軸索(じくさく)」と呼ばれています。この軸索は、脂肪を多く含む「ミエリン」という物質からなるさやの層で取り囲まれています。このさやが「髄鞘(ずいしょう)」で、絶縁体にあたります。髄鞘は、神経組織を保護するだけでなく、神経に沿って電気信号の伝導を助ける働きをしています。CIDPの諸症状は、何らかの理由で末梢神経あるいはその根の部分の髄鞘が炎症やダメージを受け、末梢神経の電気信号を伝える速度が遅延したり遮断されたりすることで引き起こされるのです。
CIDPは、ギラン・バレー症候群と同じように「自己免疫疾患」とされています。正常ならばウイルスや細菌といった外敵に対して、自分の体を防御するはずの免疫システムに狂いが生じ、誤って自分の体を攻撃してしまうのです。過労やストレスによって免疫力が低下し、免疫のバランスが崩れると、上気道感染や感冒、ワクチン接種などが引き金となって免疫システムに誤作動が生じます。免疫で重要な役割を担っているものに「リンパ球」と呼ばれる免疫細胞がありますが、CIDPでは、おそらくこのリンパ球が、自分の末梢神経組織の髄鞘、つまりミエリンを異物と誤認して攻撃してしまうのではないかと考えられています。ミエリンが壊されることを、「脱髄(だつずい)」といいます。リンパ球は、「抗体」と呼ばれる小さいたんぱく質を産出しますが、この抗体も血液中をめぐって髄鞘や他の神経組織を攻撃して障害を引きおこします。
幸いにも、髄鞘には「シュワン細胞」と呼ばれる特殊な細胞があって、これがミエリンを再生させます。CIDP患者では、ときどき自然に症状が改善することがありますが、これは障害された髄鞘にかわる新しい髄鞘が、数週間から数ヶ月をかけて作りだされるからです。これを「リミエリネーション(再髄鞘化)」と言っています。ダメージが内部の軸索にまで及んでも、軸索もまた再生されます。しかし、再生にはもっと長い時間がかかります。
なぜこのようなことが起きるのか、CIDPの病因はまだ十分に解明されていません。多くの研究者がCIDPに特異的な抗体を検索してきましたが、一部しか成功しておらず、ターゲットとなるたんぱく抗原の同定の試みは、ほとんどが否定的な結果に終わっています。しかしながら、CIDP患者の血清や精製IgGを用いてCIDPの標的分子を探る基礎研究が精力的に進められ、CIDPの病変の成立にはミエリンをターゲットとする液性あるいは細胞性因子のほかに、末梢神経におけるバリアーシステムともいえる「血液神経関門」を破壊するサイトカインと呼ばれる物質が影響を与えているのではないかということがわかってきました。最近では、CIDPとよく似た実験的動物モデルを作り出しての研究も進展し、病態解明への努力が続けられています。
4 疫学――患者数はどれくらいですか?
CIDPは歴史の浅い病気で、患者数の少ない稀な疾患です。2004年9月から2005年8月にかけて、厚生労働省班会議(難治性ニューロパチー研究班)が中心となり、全国規模での初の患者数の調査が行われました。その結果が、2006年度日本神経学会総会において名古屋大学から報告されています。
それによれば、わが国で成人10万人に対する有病率は、2.17人、小児は0.28人。また新規発症率は10万人に対して成人0.64人、小児0.10人。これは、海外の有病率の調査報告とほぼ一致する妥当な数字と思われます。この有病率に基づけば、日本での患者数はおおよそ2000名程度と推定されるでしょう。
成人の場合の男女比は、有病率では1.73:1、また新規発症率では1.23:1と男性の方がやや多いことがわかります。中枢神経の脱髄性疾患である「多発性硬化症(MS)」が、高緯度地方に患者数が多いのに対し、CIDPでは地域的な特異性は見られません。また、年齢的には、小児から高齢者まで幅広く発症しています。
監修:(1〜4) 神田隆/山口大学大学院医学系研究科神経内科学
〔主な参考および引用文献〕
神田隆「慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(CIDP)および関連疾患――病態解明と治療法の進歩――」『脳の科学(特集ニューロパチー)23:655−663』(2001年)
斉藤豊和、吉井文均訳『Guillain-Barre’Syndromeギラン・バレー症候群、慢性炎症性(脱髄性)多発ニューロパチー(CIDP)、多巣性ニューロパチー(MNN)一般向き手引き』(国際ギラン・バレー症候群財団、第9版2000年度版)
Eileen Evens著、Prof.R.A.C.Hughes校閲、金井貴子訳、山本浩二監修「CIDP慢性炎症性脱髄性多発性根神経炎 患者、親族及び友人のための小ガイドブック」(英国ギラン・バレー症候群支援グループ、1997年)
日本神経学会「慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(CIDP)治療ガイドライン」 ほか多数
以下、随時アップロードしていく予定です。
5 症状――どんな症状が出ますか?
6 診断と類似疾患――どのようにして診断されますか?
7 治療――どんな治療がありますか?
8 CIDPと共に生きる――日常生活で注意することは何ですか?
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